ゴー・アヘッド!

へたれ文章家、ウェアホースとその周りの人々が織り成す、ドタバタ冒険愛憎活劇(嘘) banner.jpg

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【小説】青い空の、その向こう ~鬼の話~

※注意
 この小説はTS関係ではありません。予めご了承の上ご覧下さいませ。








 土で固められた簡素な道を、一人の男が歩いていた。
 男の格好は若草色のマントに身を包み、金色の髪をマントと同じ色の布製の帽子が隠しているというもの。
 背には大きなリュックを背負っており、リュックの開いた口から、麻袋に包まれた細長いものが飛び出していた。
 男の歩いている道は馬車の轍の幅だけ地面が露出しており、中央には膝ほどの草が帯のように茂っている。
 道は時々蛇行しながら彼の前と後ろにどこまでも続き、続く道の両側には青々とした草野が広がっていた。遠くに山の稜線が見える。
 頭上からは昼を少し過ぎた辺りの陽光が降り注ぎ、男の足元に濃い影を作っていた。
 彼以外には人ひとり居ない道。と、何処かから少女の声が聞こえた。
「レイン」
 声の主は男の左肩に居た。男の肩に乗って――いや、座っていた手の平ほどの大きさの少女は、男の纏っているのと同じ若草色をしたマントから顔を出し、傍らの男へと呼びかけた。
 レインと呼ばれた男は左肩へと視線を向ける。
「どうかした、フェリア?」
「あと、どの位で着くのかな」
「もう少しだよ」
 左肩に座った少女――フェリアはレインの答えに不満そうに頬を膨らませた。
「その言葉、さっきも聞いたよ」
「そうだっけ?」
「聞いたよ」
 同じ言葉を繰り返すフェリアに苦笑するレイン。今度は視線を宙に彷徨わせ、少し考えてから答えた。
「この調子で行けば、日が沈むまでには次の村に着くんじゃないかな」
「じゃあ、その村に泊まるの?」
「そうなるね」
 フェリアはそっか、と頷いた。
「どんな村かな?」
 問いに、レインは僅かに首を傾げる。
「さあ、どんな村だろう」
「良いところだといいね」
 フェリアの言葉にレインはそうだね、と頷いた。
「まずは泊まる場所と、それから僕達が演奏できる場所があれば文句なしだ。僕達の演奏を喜んでくれるお客さんが居れば最高かな」
「それと、美味しい料理も!」
 元気良く叫んだフェリアにレインは微苦笑を浮かべ、轍の道へと視線を戻す。遠く、微かに見える村の姿を追うように歩を早めた。
 頭上では、大きな鳥がゆっくりと弧を描きながら飛んでいた。

     ◇     ◆     ◇

 太陽の傾きが深くなった頃、二人の歩く道の左右の草原が畑に代わり、民家の姿も見え始めてくる。
 農作業をしているらしい男に宿の所在を尋ねると、男は丁寧に宿への道を教えてくれた。
 途中、すれ違った村人達と挨拶を交わしながら男の教えてくれた通りに進む。やがて彼らが見つけたのは白い壁の一軒の建物。入り口脇にかけられた金属プレートにはベッドの絵が彫られている。
「ここかな?」
 問うフェリアに頷いて、レインは宿のドアを開けた。
 宿の主人は人の良さそうな笑顔で二人を迎えてくれた。
 レインがなるべく安い部屋を、と頼んで案内された部屋は広くはないが掃除が行き届いていて、ベッドの上のシーツは洗いたてのように真っ白だった。
 部屋に入ったレインは肩に乗せていたフェリアを備え付けの机に降ろす。続いて背負っていたリュックを降ろすと、色々な荷の入っているらしいリュックは地面に置くと情けなく潰れた。
 机の縁に座ってその様子を見ていたフェリアが言った。
「良い村みたいだね」
「どうかな。良い村と見せかけて実はひどい村かもしれない。食べ物がやけに高かったり、今頃、皆で僕達の悪口を言っているかもしれない」
 レインの言葉にフェリアは笑いながら返した。
「そんな訳ないって」
「……僕もそう思う」
 レインはリュックの口を開けると、その中から麻袋を取り出した。
「さあ、行こうか」
 麻袋を肩に背負い、フェリアを肩に乗せると受付へと戻る。
 受付で宿の主人に近くに酒場は無いかと訪ねると、主人は宿を出て通りを真っ直ぐ行ったところにある酒場を紹介してくれた。
 レインが外に出ると西の空に太陽が没そうとしており、仕事帰りらしい作業着に身を包んだ男達が何やら話しながら目の前を歩いていく。民家の煙突からはかまどの煙と、食べ物を煮炊きするいい匂いが漂ってきていた。
 紹介された酒場はこじんまりとはしていたがなかなか雰囲気の良さそうな店だった。通り過ぎた窓からは明かりと共に談笑する人々の声が漏れている。
「いらっしゃい!」
 レインが酒場のドアを開くと、威勢のいい声が迎えてくれた。この辺りでは見ない顔を見て驚いたのか、酒場の店主は一瞬目を丸くする。しかしすぐに満面の笑みを浮かべた。
「あんたが今日来たって言う旅人さんか。こんな辺鄙な村までよく来てくれた」
 言って、カウンター席に座ったレインへ琥珀色の液体の入った器を差し出す。
「まずは一杯。こいつは俺のおごりだ」
「ねえ、わたしのは?」
 レインの肩に乗ったフェリアが不満そうに店主に尋ねる。
「フェリア。はしたないよ」
「だって。レインばっかりずるい」
 嗜めるレインにむくれるフェリア。店主はそんな二人の様子を見て豪快に笑った。
「いや、済まねぇ。ジュースで良いかお嬢ちゃん?」
 店主は指先で摘める程度の大きさの器に赤い液体を注ぐと、先程の器の横に置いた。
「ありがとう!」
 レインの差し出した手を足場に嬉しそうに肩から降りると、フェリアは出されたジュースを飲み始めた。
 レインはそんなフェリアに微笑を送ると、店主へと向き直る。
「あの、お願いがあるのですけど……」
「お願い?」
 怪訝そうな顔をする店主にレインはええ、と頷き、肩に担いでいた麻袋を掲げる。
「ここで演奏させてもらっても構いませんか?」
 レインは麻袋の口を開け、中身を店主に見せた。中に入っていたのはレインがマルッカと呼ぶ、三本の弦を備えた弦楽器。
「……あんた、語り部だったのか」
 弦楽器を見た店主の口調には驚きが混じっていた。
 レインは頷く。
「この酒場をやっていて暫くになるが、語り部が来るなんて本当に久しぶりだ」
 そう言った店主の顔はとても嬉しそうだった。
「ちょっと待ってろ」
 そう言い残して、店主は店の一角へ行くとそこに座っていた客と何やら話し始めた。少しして客がテーブルを隅から離すように移動させ、客の座っていないテーブルを店主が同じように移動させる。店の壁際にぽっかりと空いたスペースが出来、店主はそこに椅子を一つ置いた。
 レインは礼を言って、急ごしらえのステージに座った。手にした弦楽器を抱え直し、二、三度弦の調子を確かめるように爪弾く。
 酒場の客達の注目を集める中一礼すると、レインは演奏を始めた。
 語り部が歌うのは彼らが今までにその目で見、その耳で聞いてきた物語だ。悲劇や喜劇、そのどちらとも言えないもの。様々な物語を弦楽器の奏でる旋律に乗せ、聴衆へと届ける。

 レインの演奏は好評だった。
 何曲かを歌い、最後に南の島国での国の為に命を捧げようとした姫と勇敢な騎士の物語を歌い終えたレインが一礼すると、それほど広くない店内は拍手に包まれた。足元に置いた帽子めがけて硬貨が投げられる。
 もう一度、今度は立ち上がって一礼すると、レインは休憩の為カウンター席へと戻った。
「上手いもんだ」
「ありがとうございます」
 感心した様子で言う店主にレインは少し照れた様子で礼を言った。
「前に見た語り部はもっと歳を食ってたんだがな。語り部ってのはあんたみたいに若いのが普通なのか?」
「色々居ますよ。僕より年上の語り部もたくさん居ますし……もちろん、女の人も居ます」
「女の語り部か。そりゃ、さぞ別嬪さんなんだろうなぁ」
 そう言って店主は笑った。レインは何も言わなかった。
 と、何かに気付いたらしい主人が顎でレインの後ろを指した。
「ほら、お呼びだぞ」
 主人の視線に後ろを向くと、酒場に居合わせた客のほとんどが興味津々、といった様子で目を輝かせ、こちらを見ていた。
 レインは主人に一礼を返し、カウンターから席を移す。
 自分を手招く客の一人と同席するとその周りに客が集まる。客と、彼ら彼女らがレインにと注文した飲み物や食べ物に囲まれながら、レインは質問攻めにあっていた。
「旅人さん、どっから来たんだい?」
 赤ら顔をした中年の男が聞いた。
「東……ずっと東の方から」
「随分若いけど、旅をしてどれくらいになるんだ?」
 顎髭を生やした青年が聞いた。
「さあ、忘れてしまいました」
「可愛い同行者さんね。名前は何ていうの?」
 落ち着いた物腰の婦人が尋ねた。
「フェリア、呼んでいるよ」
 フェリアは出された料理を幸せそうに頬張っている。レインの声にフェリアは顔を上げるが、すぐに食べ物へと意識を戻す。
 レインはばつが悪そうに婦人に微笑んだ。
「この子はフェリアと言います」
 質問は次々に続いていく。皆、旅人が珍しいらしい。
「ところで旅人さん」
 そんな中、一人の青年がレインに尋ねた。心もち潜めた声だった。
「この村の南にある、大きな木の屋敷へは行ったかい?」
 レインは首を横に振った。
「いいえ」
「そうか、なら行かない方がいい。あそこには――」
 その時、やや乱暴に酒場のドアが開かれた。
 入ってきた人物を目にした瞬間、それまで賑やかだった店内が一瞬にして静まり返った。
 ドアの前に立っているのは一人の男だった。レインの身長よりも頭一つ分ほど大きい。体つきもがっちりしており、それだけで威圧感を放っていたが、何より威圧感を与えるのはその顔だった。
 彫りの深い顔。そして顎の辺りに刻まれた深い傷跡が、男の印象をただならぬものへと変えていた。
 静まり返った店内を見て、男はふん、と息を吐いた。
 主人がようやくいらっしゃい、と声をかける。カウンターで金を出した男に透明の液体の入った瓶を二本、渡した。
 瓶を受け取った男はぐるりと店内を見回す。その目が店の中央、客達の中に埋もれるようにしていたレインの姿を見つけると怪訝そうに片眉を上げた。
「バルフェイ、そちらの人はた、旅人さんだ。今日この村に着いたんだ」
 男の視線に気付いたのか、しどろもどろに主人が説明する。
「旅人、ね」
 バルフェイと呼ばれた男はまっすぐレインの座る席へと歩いていく。通り道の席にいた客たちは慌てて彼の進む道を開けた。
 男はレインの前に立つ。座ったレインの頭が男の腹の辺りにあって、レインは男の顔を見るのに思いきり見上げなければならなかった。
「おい、お前」
「はい」
 あからさまに隣に座っていた客が怯える中、レインは男を真っ直ぐに見て返事をした。その様子を見て、男の口に僅か、ほんの僅かにだが笑みが浮かぶ。
「お前、俺の家に来い」
 そう言って、返事も聞かずにレインに対して背を向ける。
「ば、バルフェイ」
 何か言おうとする主人を、男は睨みつけて黙らせた。
 レインは横の男を見た。その眼はやめておいた方がいい、と雄弁に語っている。
 フェリアを見た。こちらを見上げているその目はどうするの、と問いかけている。
 レインはフェリアに向けて頷きかけた。フェリアが諦めたように溜め息をつく。
 席から立ち上がる。客達の心配そうな視線に見送られながら、レインは男の後をついて行った。

「ここだ」
 店を出て暫く歩いた後。そう言って男が立ち止まったのは村の南、少し外れたところにある木造の家の前だった。
 扉を開け、中に入るよう促す。
 玄関を入るとそこは大きな空間で、男が部屋の中央に下げられたランプをつけても部屋の隅の方はまだ暗いままだった。
「適当に座ってくれ」
 言い残して、男は家の奥、食器棚のある辺りを漁り始めた。
 レインは辺りを見回す。がらんとした家の中にはテーブルも椅子も無く、レインは床に座った。
 やがて、男は手に木製の盆を持って戻ってきた。盆の上には木の杯が二つに、調味料を入れるであろう陶製の小さな器が一つ。それに透明な液体の入った瓶と赤紫色の液体の入った瓶がそれぞれが一本ずつ。
 男はレインと同じように床に直に座ると、杯の一つをレインへと差し出す。
「名前は」
 訊きながら、レインの受け取った杯に透明な方の瓶の中身を注ぐ。もう一方の杯にも液体を注ぐと自分の前に置いた。
「僕はレインと言います。この子はフェリア」
「バルフェイだ。好きに呼んでくれ」
 短く告げ、盆に載っていた陶製の器に赤紫色の液体を注ぐと、レインの前に置いた。
「こいつはそっちの嬢ちゃんにだ。適当なのが無くてな」
 レインの肩から降り、フェリアは飲み物を受け取る。
 バルフェイを見上げるその表情にはどこか怯えの色があった。
「そう警戒するな。……と言っても、無理な話か」
 自分の言葉に自分で溜め息をつくと、バルフェイはレインを見据えた。
「怖いか、俺のことが?」
「……正直に言えば、少し」
「だろうな」
 答えたレインに、バルフェイは笑みを浮かべた。少し寂しげな笑みだった。
 そんなバルフェイにレインはでも、と言って言葉を続ける。
「怖いですけど、悪い人には見えません」
 レインの言葉にバルフェイはまじまじとレインの顔を覗き込んだ。そして、笑う。今度はいくらか救われたように。
「ありがとよ。そう言ってくれて嬉しいぜ」
「どうして僕を家に呼んだんですか?」
 レインの言葉に、バルフェイは自分の杯へと視線を落とした。水面に映る自分の顔を覗き込むようにして。
「話し合い手が欲しかったんだ、きっと」
 自分の杯に酒を注ぎながら、バルフェイは言った。
「村の連中は俺の事を怖がって、近寄っただけで逃げちまう」
 仕方の無い事なのかもしれねぇが、と言ってバルフェイは杯を呷った。
「ついこの間までだ。その頃の俺はどうしようもない馬鹿だった」
 本当にどうしようもなかった、と言わんばかりに溜め息を一つ。
「気に入らない奴は片っ端から殴り飛ばしてきたし、喧嘩なんてそれこそ飯を食べるよりも頻繁に起こしてた」
 もっとも、あの頃はそれが普通と思ってたんだが、とバルフェイはどこか懐かしむような口調で言葉を続けた。
「そんなある日、俺は猪に追われてるこの村の若い奴を見かけたんだ。そいつは足をくじいたらしく、到底猪の奴からは逃げ切れそうに無かった」
 バルフェイがレインを見た。レインは続きを促すように一つ、頷いた。頷き返し、バルフェイは続きを語る。
「見殺しにするのも目覚めが悪い。俺はそいつを抱えて猪が追ってこない所まで逃げた。で、安全を確認した俺はそいつを地面に降ろしたんだ」
「……それで、その人はどうしたんですか?」
「そいつか? そいつは礼を言うよりも早く逃げちまいやがった。これ以上俺と居ると食われるんじゃないかってばかりにな」
 その時の事を思い出したのか、バルフェイの口には苦笑が浮かんでいる。しかし目はどこか寂しげだった。
「流石にあれは効いた。それ以来、何とか村の連中とまともに話をしようとしてるんだが」
 ――こっちがその気でも、あっちがその気じゃなけりゃ意味ねぇもんさ。
 杯に酒を満たしながら、バルフェイはそう呟いた。レインの顔を見て、
「あんたが久しぶりだよ。俺の目をまともに見て話してくれた奴はな」
 言って、杯を呷る。
「俺も、あんたみたいに芸の一つでもできれば村の連中と仲良くできたのかね」
 自嘲めいたバルフェイの言葉に、レインは何も言わなかった。
 言葉を捜すように何気なく部屋の中を見回す。と、部屋のある一点で目が留まる。
「これは?」
 レインの指が床に無造作に置かれた木彫りの動物を指す。バルフェイは指差された像を見ると、
「それか? 暇潰しに作ったモンだ」
「これを、あなたが?」
 感嘆したようにレインが言った。手にとって見ると精巧とは言えないが躍動感を感じる細工で、木の温もりが手に心地いい。
「意外か? こう見えても手先は器用でな」
 もっとも、作ったところで誰も見ちゃくれないが、とバルフェイは溜め息をつく。そして沈みかけた雰囲気を吹き飛ばすようにはん、と鼻で笑い飛ばした。
「湿っぽい話はこの辺にしとこうや。酒がまずくていけねぇ」
 そう言って杯に残っていた酒を一気に飲み干すと、空の杯をレインに向けて突き出した。
「歌ってくれ。……何でもいい、とびっきり明るい奴をな」
 レインは頷いて、手にした楽器を構えた。
 奏で、歌うのは身分違いの恋をした道化の物語。
 木造の家に、レインの奏でる音楽が染み渡っていく。

     ◇     ◆     ◇

 窓から差し込む朝日の眩しさに、レインは目を覚ました。
 目覚めて最初に感じたのは頬に当たる肩さと冷たさ。それが板の床によるものだと気付いて、レインは起き上がった。
 辺りを見回す。さほど広くない殺風景な部屋の中央、巌のような男が床に座っていた。
 どうやら昨日はバルフェイの家でそのまま眠ってしまったらしい。
 先に起きて短刀を片手に作業していたらしいバルフェイがレインに気付き、よお、と声をかけた。
「おはよう」
「おはようございます」
「あんまりぐっすり眠ってるもんだから起こすのに気が引けてな。良く眠れたか?」
 そう言って笑うバルフェイに、レインは少し照れ臭そうに一つ、頷いた。
 隣で眠っているフェリアを起こそうと肩を揺する。フェリアはもぞもぞと動くと、毛布を巻き込んで丸まった。
「もう、フェリア」
 その様子を見ていたバルフェイが更に笑う。
「無理に起こすのも可哀想だ。起きるまでそっとしといたらどうだ?」
「放っておくと昼を過ぎるまで寝てるんですよ、この子は」
 そう言って、レインは苦笑を一つ。バルフェイはそうか、と言って手元の作業に戻った。

 フェリアを起こしたレインはバルフェイの家を出、旅路に必要な荷物を買い足そうと雑貨屋へと足を運ぶ。
 途中出会った人々は皆レインに出会うと驚いたように目を見開き、次いで恐る恐る昨日は何もされなかったかと尋ねてきた。
 それら全てに、レインは笑顔で何もされなかった事と、バルフェイが皆の思っているような人物ではなかった事を告げた。
 レインの言葉に村人たちは皆驚いたような不可解なものを聞いたような複雑な表情を浮かべ、去っていった。
 雑貨屋についたレインは焚き付けや消毒薬などの消耗品を中心に買い足していく。
 レインが棚に並んでいた二つの包帯を比べ、難しい顔で、
「これとこれ、値段が倍近く違うんだけれど僕には違いがわからない……」
「別に安い方を買ってもいいんじゃない?」
「でも、安い方はもしかすると巻いた時にすぐに破れてしまうかもしれない」
 などと話していると、突然鐘の音が辺りに響き渡った。次いで、店の外を誰かが慌しく駆けていくような足音。
 カウンターの方を見ると雑貨屋の店主も驚いたような顔をしていた。
「何があったんでしょう?」
 尋ねると、店主は鐘の音に耳を澄ますように目を閉じた。目を開き、
「この鳴り方は火事だな」
 外に注意を向けると、店の前を何人かの村人が同じ方向へ向け走っていく。
 レインは会計を終えると、村人達が走っていった方へと視線を向けた。
「後でどんな風だったか聞かせてくれ」
 店主の声を後ろに聞いて、レインは店を出た。

     ◇     ◆     ◇

 火事の現場に辿り着いたレインが見たのは、勢いよく火の手を上げる一軒の家の姿だった。
 既に火が回り始めてそれなりの時間が経つようで、家の全体が炎に包まれている。
 数人の村人が消火活動に当たっているが、火を消し止めるまではいっていないようだ。
 見た所、燃えているのは目の前の一軒だけで、近くの家に燃え移る様子もない。
 この程度で済んでよかった。野次馬の一人が隣の人間にそう言っているのが聞こえた。
「放してください!」
 金切り声にレインが声の主へと振り返ると、そこには何やら必死な様子で何事かを叫んでいる婦人がいた。恐らくは燃えている家の主であろう。
「息子が、息子が!」
 婦人は何人かの若者に押さえつけられながら、なおも何事か喚いている。
「どうした」
 バルフェイが婦人の前に立つ。婦人も、婦人を押さえていた若者もその顔に怯えを浮かべたが、婦人は藁にも縋るような表情で訴えた。
「息子が、中に……」
 バルフェイは燃えている家へと視線を向けた。
 既に火の手は完全に家を包み込み、その様はまるで大きな焚き火のようにも見える。
 バルフェイの顔が苦虫を噛み潰したようになる。何かを、考えているようだった。
 やがてバルフェイは一つ頷き、井戸へと駆け出す。
「貸せ!」
 井戸水を汲んでいた人間から半ば強引に桶をひったくると、二杯分の水を頭から被る。燃える家屋を睨み、バルフェイは家の中へと突入した。
 家の周りを取り囲んでいた野次馬たちは、ただ呆然とその光景を眺めていた。

 子供が一人、炎に包まれた部屋の中で泣いていた。
 涙の理由は果たして、自らの置かれた状況に恐怖してか。それとも、孤独故か。
 部屋の中は刻一刻と炎で覆われ、そうでなくても熱と煙が目と喉を灼く。
 酸素の足りない頭は回転が鈍り、子供の意識はゆっくりと薄れていく。
 彼の意識が完全に闇の中に落ちる寸前。何処かから声が聞こえた。
 荒々しく、けれどどこか必死な声は段々とこちらに向かって近付いてくる。
 やがて、炎の向こうから一人の人影が飛び出してきた。
 それは大きな、まるで山のような人影。
 炎の照り返しでその顔は見えないが、ほっとした雰囲気を滲ませていた。
 大男が手を差し伸べる。子供へと向けて。
 差し出された手を、子供はしっかりと握り返した。

 その場に居合わせた誰もが皆、固唾を呑んで燃えている家を見守っていた。
 燃える家は既にほとんど原型を留めておらず、いつ崩れ落ちても不思議ではない。
 消火活動をしていた村人もその手を止め、ただ、燃える家の中から出て来る人影を待っていた。
「あ、あれ……!」
 野次馬の一人が入り口を指差し、叫んだ。
 バルフェイが出てきた。
 彼の服は所々が焦げ、露になった身体には火傷の痕が見える。しかし足取りはしっかりしていた。バルフェイはそれが宝物であるかのように大事に、両の腕で子供を抱きかかえていた。
 バルフェイが抱えていた子供を地面に下ろす。呆然とバルフェイを見ていた子供はバルフェイが指し示した後ろを見た。
 そこに居たのは今にも泣きそうな顔をした母親の姿。
 子供が母親へと駆け寄り、母親がそれを抱きしめる。もう離さないとばかりに、ぎゅっと。

 歓声が爆発した。

 抱き合い喜び合う若者、目頭を拭う婦人。笑いながら隣の人間の背を叩く中年の男。
 喜びに沸く人の輪の中央で、子を抱きしめる母の姿を、バルフェイはどこか遠いものを見る眼差しで見ていた。
 そのまま、踵を返すと逃げるように足を踏み出した。
「おにいちゃん」
 呼びかける声にバルフェイは足を止める。振り向くと先程助けた子供がバルフェイを見上げていた。
「ありがとう、おにいちゃん」
 そう言って、ぺこりと頭を下げる。バルフェイは虚を突かれたようにその場に固まっていた。
 子供の後ろへと視線を移す。子供の母親が、バルフェイを見て丁寧に頭を下げた。
 バルフェイの目が細まる。子供の頭に手を載せると、優しく、慈しむようにその頭を撫でた。
「もう、母ちゃんに心配かけんじゃねぇぞ?」
 手の下で子供が頷いたのを感じて、バルフェイは満足そうに微笑んだ。
 最後に一度、強めに子供の頭を撫でるとバルフェイはその場を立ち去る。

 バルフェイの背中を見送る村人の瞳に、怯えの色はもう残っていなかった。

     ◇     ◆     ◇

 翌日。
 朝日とともに目を覚ましたレインはまずフェリアを起こした。
 寝ぼけ眼を擦るフェリアの横で準備を整え、準備を終えるとフェリアを肩に乗せる。
 宿の主人に礼を告げるとレインは朝の空気の満ちる外へと出た。
 あぜ道を歩くレインに、すれ違う村人たちが声をかける。それぞれに世話になった礼と別れの言葉を告げつつ、レインの足は村の南へと向かっていた。
 歩を進める内民家の密度が疎になり、代わりに畑の数が増え始める。そんな光景を目に焼き付けるように眺めながら、レインは歩いていく。
 やがてレインの足が一件の家の前を通る。さほど大きくない、木造の一軒屋。
 レインは足を止めた。少しの間家を見ていたが、やがて彼の足は村の外に向けて歩き始めた。
 そうして、道の両側が畑から草原へと変わる頃。
「おい!」
 呼び止める声に、レインは後ろを振り向いた。
 視線の先にはバルフェイが立っている。
「どうしたんですか?」
「忘れ物だ」
 問いかけるレインに、バルフェイはぶっきらぼうに答えた。
「忘れ物?」
 レインは首を傾げる。そのまま考えるレインの前にバルフェイは立つと、
「ほら」
 そう言って右手をレインの前に差し出した。手には何かが握られている。
 レインが両手を出すと、バルフェイはその上に手にしていたものを乗せる。
「これは……」
 木彫りの像だった。彫られているのは弦楽器を構える男と、その肩に乗る小人の少女。
 バルフェイはレインから視線を外しながら、
「話を聞いてくれた礼だ。ちと足りんかも知れないがな」
「いえ……」
 レインは宝物を扱うように両の手で木の像を包み込んだ。丁寧に頭を下げる。
「ありがとうございます」
「……ま、喜んでくれたみたいで何よりだ」
 レインの反応に面食らったのか、バルフェイは照れ臭そうにこめかみの辺りを掻いた。
「ま、頑張れや。間違っても途中でくたばるんじゃねぇぞ」
「はい」
「じゃあな。またどっかで」
「はい。……また」
 最後に一礼し、レインは村を出る。
「おにいちゃーん!」
 見送るバルフェイの背後から、彼を呼ぶ子供の声が聞こえた。

     ◇     ◆     ◇

 土で固められた簡素な道を、一人の男が歩いている。
 頭上には晴れ渡った空。中天に浮かぶ太陽は惜しみなく大地に光と熱を振りまいていた。
 レインの肩の上。流れる雲を見ながら、フェリアが口を開いた。
「あの人、村の人たちとうまくやってるかな?」
 フェリアの言葉に、レインは背負っていたリュックを見た。
 彼がバルフェイから貰った木彫りの像は、リュックの中に大切に仕舞ってある。
「どうだろうね。でも……」
「でも?」
「少しは歩み寄れたんじゃないかな。バルフェイさんと、あの村の人たち」
 レインの言葉にフェリアはそうだよね、と頷き、得意げに言った。
「『雨降って地固まる』だね!」
「……一体、どこでそんな言葉を覚えてくるんだい?」
「んー、色々」
 顎に人差し指を当てて答えるフェリアに、レインは苦笑した。
 後ろを振り返る。
 目を凝らせば微かに、数日を過ごした村の姿が見えた。
 最後に一度微笑むと、レインは前を向き、歩きだす。
 歩きながら、レインは麻袋からマルッカを取り出し、弦を爪弾き始めた。

 彼が奏でるのは鬼の話。
 村人と仲良くしたくても、その怖い面のせいで村人皆から怖がられていた、鬼の話。
 この話の終わりはハッピーエンドだ。
 なぜなら、村人と鬼は仲良くなれたのだから。
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  1. 2006/06/05(月) 00:24:22|
  2. 小説|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2

  

コメント

お久です

いやーお久しぶり!昨日は阿呆なトークにつきあってくれてありがとう(爆

小説楽しく読ませてもらいました(笑
状況説明が上手で想像しやすかったですー(笑
いやぁオリジって良いなぁ(何
  1. 2006/06/09(金) 03:19:39 |
  2. URL |
  3. 凍嵐 #-
  4. [ 編集]

こちらこそ、昨日は失礼致しました(ふかぶか)

小説、楽しんで頂けたようで何よりです。
読んでいる方が光景を幻視できるような小説を目指しておりますので、そのお言葉は嬉しい限り(笑)

次はオリジナルじゃなくてTSのお話になると思います(ぉ
  1. 2006/06/09(金) 23:14:57 |
  2. URL |
  3. ウェアホース #-
  4. [ 編集]

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